大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和43年(ワ)4365号 判決 1969年4月21日

原告

高山治郎吉

ほか一名

被告

株式会社甲武組

主文

一、被告は原告高山治郎吉に対し、金一〇〇万円およびこれに対する昭和四二年三月二〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、原告高山治郎吉のその余の請求および原告鈴木はなの請求を、いずれも棄却する。

三、訴訟費用中、原告高山治郎吉と被告との間に生じたものはこれを五分し、その四を被告の負担とし、その余を原告高山治郎吉の負担とし、原告鈴木はなと被告との間に生じたものは、原告鈴木はなの負担とする。

四、この判決は、原告高山治郎吉勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら

被告は原告らに対し、各一二五万円および右各金員に対する昭和四二年三月二〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二、被告

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二、請求原因

一、(事故の発生)

昭和四二年三月二〇日午後一時三五分頃、千葉市殿台町日東建設作草部作業所前道路上において、訴外成田一は普通特殊貨物自動車(練馬八な一二〇一号、以下甲車という。)を運転して後退進行中、折しも同所にいた訴外高山みつ(以下みつという。)を轢過し、即死させた。

二、(被告の地位)

被告は甲車を所有し、これを自己のために運行の用に供する者であつた。

三、(損害)

慰謝料 各一二五万円

(一)  みつは本件事故により死亡することにより二五〇万円の慰謝料請求権を取得した。

原告高山治郎吉はみつの弟であり、原告鈴木はなはみつの姉であり、みつの死亡により各その相続分に応じて一二五万円の慰謝料の損害賠償請求権を相続により承継した。

(二)  かりに慰謝料請求権の相続が認められないとすれば、原告らは民法第七〇九条により固有の慰謝料を各一二五万円請求する。原告らとみつとの関係は次のとおりである。

原告高山治郎吉は、その家族(妻と未婚の娘との三人構成)に生涯独身であつたみつを加えて四人暮しでずつと生計を共にしてきた。

原告鈴木はなは、みつとは別居していたが、父母、配偶者および子のないみつの良い相談相手になると共に、年に二―三回各二〇〇〇―三〇〇〇円を小遣い銭として渡していた。

四、(結論)

よつて原告らは被告に対し自賠法第三条により、慰謝料各一二五万円および右各金員に対する本件事故発生の日である昭和四二年三月二〇日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、請求原因に対する認否

一、請求原因第一・二項記載の事実は認める。

二、同第三項記載の事実中、原告らとみつとの身分関係は認め、その余は争う。

(一)に対して

一般に生命侵害の場合には、被害者自身すでに死亡し、権利主体ではなくなつているにもかかわらず、法律上慰謝料請求権を取得することはそれ自体矛盾であり、慰謝料請求権の相続は否定されるべきである。

(二)に対して

生命侵害による遺族の慰謝料請求権は民法第七〇九条にではなく、同法第七一一条に求められなければならず、同条は、その遺族の範囲を、「父母、配偶者および子」に限定しているのであつて、原告らには原則として慰謝料請求権はないと解するのが相当である。

第四、被告の仮定的抗弁

一、(過失相殺の抗弁)

かりに右主張が認められないとしても、原告らは後記のとおりみつについて監督すべき義務があるところ、これを怠つた過失により本件事故に遭遇したものであるから、右過失は本件賠償額算定にあたり十分斟酌されなければならない。

すなわち、みつは生前聾唖者で精神障害があつたことがうかがわれ、事故が発生した工事現場をたびたび訪れていた際、その態度、物腰などから工事人らの間では、気が変な小母さんと噂されていた。

従つて、原告らにはみつを監護し日常生活上保護監督すべき義務があつたにもかかわらずこれを怠つたため、みつは、通行止めになつていた工事現場に入り込み、本件事故にあつたものである。

従つて、原告らの右監護上の過失は重大であり、本件賠償額算定にあたり十分考慮されなければならない。

二、(弁済の抗弁)

被告は原告らに対し、本件交通事故による損害賠償として七三万一三四〇円(葬儀費用七万八二九五円)を支払つた。

第五、抗弁に対する原告らの認否

一、過失相殺の抗弁に対して

否認する。

二、弁済の抗弁に対して

認める。その内訳は逸失利益として六五万三〇四五円、葬儀費用として被告主張どおりの金額である。

第六、証拠〔略〕

理由

一、事故の発生および被告の責任

請求原因第一、二項の事実はいずれも当事者間に争いがないので、被告は右事故によつて生じた後記損害を賠償する責任がある。

二、損害

(一)  〔証拠略〕によれば次の事実が認められる。

1  みつの生い立ちと生前の状況

みつは、明治三四年七月二八日生まれの生涯独身であつた女性で、一〇歳の頃耳疾を煩い右耳を手術したためか、右の耳が少し遠かつたか、大きな声で話せば聴き取ることができる状態であつた。同女は尋常小学校の四年までしか行かず、文字は平仮名しか読めなかつた。そんなわけで普通の人に比べると知能は劣つていたが、以前野菜売りの行商をした頃には、計算関係も大過なく、その他特に異常と認むべき点はなかつた。

同女は弟の原告高山治郎吉の家族(原告高山治郎吉、同原告の妻およびその娘の三人構成)とずつと一緒に生活しており(生活費の支出も原告がしていた。)、楽しい老後を送つていた。

みつの姉である原告鈴木はなは年に三―四回実家である原告高山治郎吉方に墓参やお祭り等の折に来て、そのたびにみつに小遣い銭を与えていたが、同原告がみつの扶養料を出したことはなかつた。みつの父母はすでに死亡している。(みつと原告らとの身分関係は当事者間に争いがない。)

2  本件事故発生の態様

事故現場は作草部方面から殿台方面に走る直線の見透しのよい幅員四・一米の道路上であり、右道路の両側一帯は水田となつており、事故現場付近の両側は京葉道路の高架工事現場となつている。当時事故現場付近の本件道路上に通行止めの標識はなかつた。

訴外成田一は甲車を運転して作草部方面から殿台方面に向けて走行してきて、みつの転倒していた地点から殿台方面に約一八米行つた地点に一時停止した。そして三〇秒ないし一分間停車させた後、甲車の右方の工事現場に駐車していた生レミコン車の脇にいた現場監督の訴外高橋正昭の指示に従つて右ドアから顔を出して後方の安全を確認しながら時速約五粁で後退を開始した。当日右現場監督から甲車および右生レミコン車の誘導を命じられていた訴外藤原福蔵は、甲車が事故現場に到着したとき、右生レミコン車の一台に乗つていたのであるが、甲車の後退の誘導をすべく車から下りて甲車に接近し始めたが、すでにその時には甲車は前示のように後退を開始していた。

一方訴外成田一は生レミコン車の上に乗つている人が後方の確認をしてくれるものと軽信し、甲車の左後方はクレーンの運転台があつて全く見えない状態にあつたにもかかわらず、甲車を現場付近に到着させたとき、右前方の工事現場で七―八歳の子供達が四―五人遊んでいるのが見えただけで、他に工事関係者以外の人影を認めなかつたため、よもや後方に被害者みつがいようとは思わずそのまま後退を継続した。そして約一三・六米後退したとき左後輪にコツンというにぶい衝撃を感じたが、石にでも乗り上げたものと誤信し、その地点で一亘停止した後、生レミコン車が駐車していた地点へと前進した(なおこの時にはすでに生レミコン車はそこから移動していた)。

かくして本件轢過事故は発生したのであるが、みつがどのような状況にあつたかは、工事関係者は誰も目撃していない。

3  原告らが自賠責保険金七三万一三四〇円を受領したことは当事者間に争いがない。

(二)  慰謝料請求権の相続性の有無

原告らは被告者みつが死亡自体に基づく慰謝料請求権を取得し、その慰謝料請求権を原告らが相続により承継したと主張するのであるが、そもそも死亡の場合に被害者自身が自己の死亡に基づく慰謝料請求権を取得することはありえないのであり、ひいてはその慰謝料請求権を相続人が相続するということもないのである。従つて原告らの主位的請求は主張自体失当といわざるを得ない。

(三)  原告ら固有の慰謝料請求権の有無

1、原告高山治郎吉

民法第七一一条の請求権者は本来これを制限的に解釈すべきが相当であるけれども、前第(一)項において認定したような関係にある原告高山治郎吉は、弟とはいえ、他に頼るべき者のない姉みつの保護者としてその生活を見ていたのであつて、その関係は通常の兄弟以上むしろ親子にも比すべきものがあつたと考えられ、従つて、みつの死亡により深甚な精神的苦痛を蒙つたことが認められるから、同条掲記の近親に準じて慰謝料請求権を肯認するのを相当とすべく、同原告の蒙つた精神的苦痛を慰謝する金額としては前第(一)項において認定したような諸般の事情(みつにも甲車の動静に対する注意を怠つた過失が考えられるが、前示のように前後の行動が明白でなく、また訴外成田一の過失に比しては軽微なものであること疑いを容れない。)を考慮すると一〇〇万円をもつて相当と認める。

2、原告鈴木はな

同原告がみつの姉であることは当事者間に争いがないけれども、前第(一)項において認定したような同原告とみつとの関係では前段1のように民法第七一一条を準用する余地は認められない。

三、結論

以上により被告に対する原告らの本訴請求中、原告高山治郎吉の請求については一〇〇万円およびこれに対する事故発生の日である昭和四二年三月二〇日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、同原告のその余の請求は理由がないからこれを棄却し、原告鈴木はなの請求は全部理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言については同法第一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 倉田卓次 荒井真治 原田和徳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例